福岡県は九州北部に位置する。面積は約4,987km2、29市29町2村で構成され、県庁所在地は福岡市。県名の由来は、戦国武将の黒田長政が、城名を出身地の備前国福岡庄(現在の岡山県瀬戸内市長船町福岡)にちなんだことによる。県土は比較的地形がなだらかで、農用地や宅地などの可住地面積が比較的広く、森林が少ない。
 日本海側では冬季において北西の季節風が吹き付けるものの、年間を通すと温暖な気候である。恵まれた自然条件のもと、多種多様な農業が営まれているほか、林業、漁業なども盛んである。
 古代より、中国大陸や朝鮮半島と我が国の交流の窓口となっていた。江戸時代には、街道や水運の発達に伴い九州における交通の要衝となった。明治以降、石炭の産出に伴い、北部には北九州工業地帯が、南部大牟田地区には重化学コンビナートが形成された。
 祭りにも特徴がある。神社の祭礼で用いられる御輿や山車を意味する「山笠」の名の付く祭りが福岡県内各地及び隣県にもみられ、地域により飾り方の様式などが異なる。

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福岡県内の資源一覧

柳川藩主立花邸 御花の写真

柳川藩主立花邸 御花 ( 福岡県 柳川市 )

市の中心部にある。1738(元文3)年、5代藩主立花貞俶(さだよし)が二ノ丸御殿にあった奥の機能をこの地に移したことを始まりとし、建てた別荘で、御花の名で親しまれてきた。明治時代に、伯爵となった14代寛治(ともはる)が新たに造営した立花伯爵邸が現在も当時の姿のまま残されている。  正面に立つ鹿鳴館風の洋館は、1909~10(明治4...

柳川の掘割の写真

柳川の掘割 ( 福岡県 柳川市 )

柳川は、市内のいたるところに掘割が巡る。この地は有明海に注ぐ筑後川河口にあたり、かつては湿地帯であった。掘割は、掘って土地の水はけをよくすること、また、農業用水・生活用水を確保することを目的として造られたもので、生活環境を整えるために不可欠だった。  歴史的には、戦国時代に蒲池氏が築いた柳川城を、1587(天正15)年に...

千仏鍾乳洞の写真

千仏鍾乳洞 ( 福岡県 北九州市 )

平尾台を代表する大鍾乳洞。全長は数千mといわれ、普通に歩けるのは480mまででその先は底を水が流れている。ひざ上まである長ぐつなどを持参するか、無料の貸靴に履き替えて見学する。1km以上の長さがあるが、見学を推奨しているのは照明のある900m地点まで。洞口に垂れ下がる大小30個の鍾乳石をはじめ、発達した石筍や石柱が奇観を見せ、洞...

戸畑祇園大山笠の写真

戸畑祇園大山笠 ( 福岡県 北九州市 )

毎年7月の第4土曜日を挟む3日間に行われる。博多祇園山笠、小倉祇園太鼓とともに福岡県夏の三大祭りの一つとされる。起源は1803(享和3)年。疫病が戸畑地区で広まった折、疫病退散を須賀大神に祈願すると御神徳により平癒したため、山笠をつくり祝ったことが始まりといわれる。  山笠は戸畑区内にある4地区により展開され、それぞれ東大山...

小倉祇園太鼓の写真

写真提供:小倉祇園太鼓保存振興会

小倉祇園太鼓 ( 福岡県 北九州市 )

八坂神社の夏季大祭で、博多や戸畑の祇園と並び福岡県三大夏祭りの一つである。「太鼓祇園」とも呼ばれるように太鼓が中心の祭りで、映画や歌でよく知られる「無法松の一生」で有名になった。山車の前後に乗せた太鼓をヂャンガラという鉦に合わせて、4人の打ち手が両面から力いっぱい打ちならし、町を練り歩く。  起こりはおよそ400年前。...

北九州市立いのちのたび博物館の写真

写真提供:北九州市立いのちのたび博物館

北九州市立いのちのたび博物館 ( 福岡県 北九州市 )

「いのちのたび」をコンセプトに、生命の進化の道筋と人の歴史を展示解説する博物館。大きく自然史ゾーンと歴史ゾーンに分かれる。  自然史ゾーンでは、地球誕生から生命進化の歴史、現代にいたるまでの壮大な流れを、恐竜の骨格標本をはじめ、さまざまな実物標本や映像資料などを使ってわかりやすく展示する。  ほかにも北九州の地質や...

小倉城の写真

小倉城 ( 福岡県 北九州市 )

JR小倉駅の南西約1,000mにある。関ヶ原の戦いののちに入国した細川忠興が1602(慶長7)年に以前の城の大改築を始めたもので、最盛時は148基もの櫓が立ち並んだ大城郭であったという。細川氏が肥後へ転封後は1632(寛永9)年に播磨明石より小笠原忠真が入り、以後、小笠原氏が10代235年間にわたって九州の要としての重責を果した。  当初の...

旦過市場の写真

旦過市場 ( 福岡県 北九州市 )

大正時代初期、現在の市場の脇を流れる神嶽川を上る船が当地で荷揚げし、商売を始めたことから自然発生的に市場となっていったという。昭和30年代ころに、現在の長屋のような店舗形態に建て変わり、現在に受け継がれる。  市場は全長およそ180m。通りを中心に、横道には路地もある。鮮魚店や青果店、精肉店などを中心に、およそ120店の店舗...

門司港周辺建造物群の写真

門司港周辺建造物群 ( 福岡県 北九州市 )

1889(明治22)年に国の特別輸出港に指定された門司港。以降、金融機関や商社、海運会社などが支店を構え、横浜、神戸と並ぶ国際貿易港として栄えた。地区の交通拠点となったのは「門司駅(現門司港駅)*」。しかし、1942(昭和17)年の関門鉄道トンネルの開通によって、同駅を経由せずに本州との行き来が可能になったことなどを背景に、町...

北九州市立松本清張記念館の写真

写真提供:松本清張記念館

北九州市立松本清張記念館 ( 福岡県 北九州市 )

現在の北九州市小倉北区に生まれ育った松本清張(1909~1992年)。朝日新聞西部本社広告部時代に小説の発表を始めた。1953(昭和28)年、芥川賞受賞。雑誌『旅』(日本交通公社刊)に連載され、刊行後大人気となった「点と線」など、社会派推理小説という新ジャンルを切り開いた。記念館では現代・推理小説をはじめ、現代史、古代史など幅広...

黒崎祇園山笠の写真

黒崎祇園山笠 ( 福岡県 北九州市 )

400年以上の歴史を持つ祇園祭で、北九州市八幡西区にある岡田神社(岡田宮)、春日神社、一宮神社に奉納される。毎年7月の3・4週目のなかで4日間にわたって開催され、前夜祭の山笠競演会に始まり、街中巡行、解散式と続く。黒崎祇園山笠は、お清めの儀式である「お潮井とり」を終えたのちに、山笠の装飾が、笹を2本立て注縄で繋いだ笹山笠か...

犬ヶ岳のツクシシャクナゲの写真

犬ヶ岳のツクシシャクナゲ ( 福岡県 豊前市 )

犬ケ岳は豊前市の南方、大分県との県境付近に位置する標高約1,130mの山で、一帯は高山植物の宝庫。尾根沿いのブナ林帯に淡いピンク色のツクシシャクナゲが自生する。「犬ヶ岳ツクシシャクナゲ自生地」が国の天然記念物に指定されている。

香椎宮の写真

写真提供:香椎宮

香椎宮 ( 福岡県 福岡市 )

福岡市北東部、香椎に鎮座する神社。筑紫国橿日宮(かしひのみや)で国造りの基礎を築いていた仲哀天皇が、3世紀ごろこの地で亡くなり、祀られたのが起源とされる。のちに神功皇后も合祀、香椎廟と称され、朝廷から格別の待遇を受けた。平安期ごろからは香椎宮とよばれるようになった。  本殿は724(神亀元)年に建立。現在の社殿は1801(...

マリンワールド海の中道の写真

写真提供:海の中道海洋生態科学館

マリンワールド海の中道 ( 福岡県 福岡市 )

玄界灘に突き出た海の中道の一角に位置する。博多湾に面し、対岸に福岡市街中心部を望む。2017(平成29)年4月にリニューアルオープンし、展示の進化、空間演出の強化、施設の快適性の向上により、“海をより身近に感じられるリゾート施設”へと生まれ変わった。  正面から空に向かって広がるような扇形の建物は3階建てで、館内には10のテー...

西公園のサクラの写真

写真提供:大濠・西公園

西公園のサクラ ( 福岡県 福岡市 )

福岡市のほぼ中央、丘陵地にあり、古くから博多湾を望む景勝地。展望台からは博多湾・志賀島などが一望に収められる。黒田長政の福岡移封と同時に、この地に東照権現を守護神として祭り、以降、霊山として知られた場所であり、敷地内には黒田孝高・長政を祭る光雲神社や、徳富蘇峰の詩碑など史跡もある。  園内は桜の名所で、福岡県で唯一...

筥崎宮の写真

筥崎宮 ( 福岡県 福岡市 )

筥崎八幡宮とも称され、宇佐、石清水八幡宮とともに、日本三大八幡宮の一つに数えられる。応神天皇が主祭神として祀られており、醍醐天皇が社殿を建立したと伝わる。創建時期は平安時代中頃とされているが諸説ある。  鎌倉時代中期、蒙古襲来(元寇)で勝利を収めたことを機に厄除け、勝運の神として知られるようになる。足利尊氏、大内義...

住吉神社の写真

住吉神社 ( 福岡県 福岡市 )

博多駅の西、徒歩10分ほどの街なかに鎮座する。創立年代は不詳だが、伊弉諾大神(いざなぎおおかみ)にゆかりのある神を祀った神社と伝わる。ここが住吉神社の本社との説もある。御祭神は底筒男神(そこつつのをのみこと)、中筒男神(なかつつのをのみこと)、表筒男神(うわつつのをのみこと)の住吉三神で、航海安全・心身清浄の神とされ...

福岡城の写真

写真提供:福岡市

福岡城 ( 福岡県 福岡市 )

関ケ原の戦の功により、筑前52万3,000石を拝領した黒田長政が1601(慶長6)年から7年間かけて建立した城。壮大な平山城で、堀を含めた総面積110万m2、東西1km、南北700mの全国でも有数の規模である。現在残っているのは、天守台・多聞櫓・(伝)潮見櫓・下之橋御門・旧母里太兵衛邸長屋門・名島門など。城跡は舞鶴公園として公開...

大濠公園の写真

写真提供:大濠・西公園

大濠公園 ( 福岡県 福岡市 )

福岡市のほぼ中央、福岡城跡の西に立地。黒田長政が福岡城を築城する折、城の外堀として利用した博多湾の入江を、昭和初期に県営公園としたもの。総面積約39万8,000m2のうち、半分以上の約22万6,000m2を池が占める水の公園で、池畔には柳・ツツジが植えられ、中の島には観月橋が架かり、ボートが浮かぶ。池の周辺には...

博多祇園山笠の写真

博多祇園山笠 ( 福岡県 福岡市 )

博多最大級の祭礼。博多祇園山笠の起源は諸説あるが、鎌倉時代、承天寺の聖一国師が博多に流行った病魔退散を祈願し、施餓鬼棚を町人にかつがせて町々を回り、疫病を封じたことが始まりとするのが通説である。むかしは約五十尺の山笠をそのままかついだが、電線などの障害物のため、明治の末ごろから飾り山笠とかき山笠に分かれた。飾り山笠...

福岡市民の祭り 博多どんたく港まつりの写真

福岡市民の祭り 博多どんたく港まつり ( 福岡県 福岡市 )

毎年5月3・4日に開催される日本有数の祭り。多くの見物客であふれ、福岡市内は祭り一色に染まる。正式名は「博多どんたく港まつり」だが、「博多どんたく」の名で全国に知られている。「どんたく」の名称はオランダ語で休日を表す「Zontag」が由来。市内30数箇所に設けられたステージでは次々とどんたく隊の演技が披露され、お年寄りも子ども...

生の松原の写真

生の松原 ( 福岡県 福岡市 )

博多湾の南西隅を占める今津湾岸の弓状の浜に約3kmにわたって見られる美しい松原である。目の前には能古島が浮かび、東方からのびた海の中道につづいて志賀島が望める。松原の中には鎌倉時代に築かれた元寇防塁の一部が残っており、西の長垂海岸との間には国の天然記念物の含紅雲母ペグマタイト*岩脈がある。波静かな海岸は海水浴場となって...

玉せせりの写真

写真提供:筥崎宮

玉せせり ( 福岡県 福岡市 )

筥崎宮の全国的に知られた祭りで、玉取祭、別名「玉せせり」という。起源は定かではないが、室町時代に始まったとされる。  1月3日の午後1時、陰陽2つの木玉は玉洗い式で清められ、その後末社玉取恵比須神社へ移動、祭典の後、いよいよ玉せせりがスタートとなる。直径28cmの陽玉は、ふれると悪事災難を逃れ幸運を授かるといわれ、裸に締込...

福岡市博物館の写真

福岡市博物館 ( 福岡県 福岡市 )

福岡タワーの南にある歴史民俗博物館。「Fukuoka アジアに生きた都市と人びと」をテーマに、福岡の歴史と人々のくらしを紹介する。特に、大陸文化の玄関口であった福岡ならではの、対外交流に重点を置いた構成になっている。  国宝の「金印*」をはじめ、黒田家の家臣「黒田二十四騎」のひとり、母里太兵衛が福島正則から”呑み取った”とさ...

承天寺の写真

承天寺 ( 福岡県 福岡市 )

臨済宗東福寺派の寺院で、1242(仁治3)年に謝国明が創建し、開山は後に京都の東福寺を開いた聖一国師による。博多での聖一国師との結びつきから、承天寺は臨済宗東福寺派で中心的役割をなし大いに栄え、盛時には塔頭が43寺もあったと伝わる。第二次世界大戦で山門、勅使門、塔頭二寺を焼失、さらに戦後の都市計画により、境内の規模は大幅に...

福岡市動植物園の写真

写真提供:福岡市動植物園

福岡市動植物園 ( 福岡県 福岡市 )

1933(昭和8)年、昭和天皇御即位記念事業として整備された御大典記念・福岡市動植物園が前身。戦時中の閉鎖を経て、1953(昭和28)年に現在の場所に動物園が開園。2018(平成30)年に開園65周年を迎えた。  ほ乳類38種210点、鳥類57種210点、は虫類12種49点を展示(2020年4月末現在)。  現在、一部老朽化が目立つ園内はエリアごとにリ...

大濠公園能楽堂の写真

大濠公園能楽堂 ( 福岡県 福岡市 )

福岡市の景勝地・大濠公園内に立地。伊勢神宮の神楽殿や国立能楽堂を手がけた大江宏が設計。日本伝統文化の能楽や邦楽などを広く公演し、後世に末永く保存、継承、伝導されることを目的として、1986(昭和61)年に設立された。

博多座の写真

博多座 ( 福岡県 福岡市 )

1999(平成11)年オープンした博多座は、歌舞伎を中心に、演劇、ミュージカルなど、全国的に話題となっている大型の公演を毎月替わりで上演する。舞台は幅20m、奥行21mで、客席は3層で計約1,500席。舞台周りの設備も充実しており、歌舞伎上演の際に、舞台に向かって左側(下手側)から客席を貫いて伸びる「花道」や、ワイヤーやフックを利用...

田川市の炭坑節の写真

写真提供:田川市石炭・歴史博物館

田川市の炭坑節 ( 福岡県 田川市 )

「月が出た出た 月が出た ヨイヨイ」の歌詞で知られる炭坑節。田川市の三井田川炭鉱で、坑内から運び出された炭塊を選り分けるときに歌う選炭唄がルーツで、石炭ブームにのって全国に広がった。歌詞の中の「一山、二山、三山越え」というのは3峰よりなる香春岳を指している。  1932(昭和7)年、最初に「炭坑唄」を収録したのは日東レコ...

嘉穂劇場の写真

写真提供:嘉穂劇場

嘉穂劇場 ( 福岡県 飯塚市 )

1931(昭和6)年に開業。筑豊地方の炭鉱に従事する人々の娯楽施設として1922(大正10)年に開場した「中座」を前身とする。  木造2階建ての豪壮な入母屋造りで、およそ1,200人を収容する客席がある。客席は畳敷きで、桝席の左右には2本の花道と桟敷席。直径16mの廻り舞台や奈落など、昔ながらの劇場設備が今も残り、公演日・定休日を除き劇...

石人山古墳の写真

石人山古墳 ( 福岡県 広川町 )

八女市と広川町にまたがる八女丘陵には大小約300基の古墳がある。これらの古墳群のうち代表的な石人山、岩戸山、乗場、善蔵塚、弘化谷、丸山塚、丸山、茶臼塚の八基が八女古墳群として1978(昭和53)年史跡に指定された。  その中の一つ石人山古墳は、長峰丘陵の一部を利用し5世紀前半代に築造された八女地方最古の前方後円墳。最古期の装...

岩戸山古墳の写真

写真提供:岩戸山歴史文化交流館

岩戸山古墳 ( 福岡県 八女市 )

八女古墳群のひとつである岩戸山古墳。墳丘長約135m、全長170m以上の規模を誇る北部九州最大の前方後円墳である。古墳の形の特徴として、後円部の北東側に1辺約43mの方形区画が存在する。筑紫君磐井の墓といわれ、石人・石馬や多くの埴輪が出土。出土品は八女市岩戸山歴史文化交流館に多数展示。

風治八幡宮 川渡り神幸祭の写真

写真提供:田川市役所

風治八幡宮 川渡り神幸祭 ( 福岡県 田川市 )

風治八幡宮の例大祭で、福岡県指定無形民俗文化財第1号に登録された祭り。福岡県五大祭りの一つにも数えられている。  永禄年間(1558~1570年)、伊田村に疫病が流行した折、氏神である風治八幡宮に終息を祈願、成就のお礼に幟山笠を奉納したことが起源とされる。  神輿2基と、各町内から出る幟山笠が彦山川を渡るさまが人気で、毎年多...

英彦山神宮の写真

英彦山神宮 ( 福岡県 添田町 )

英彦山の山内至る所に社殿が散在している。主な社殿は上宮、中宮、下宮と、奉幣殿および摂社の高住神社や玉屋神社などがあるが、鬱蒼とした杉の長い参道や坊跡に修験道の往時を伝える。参道は銅鳥居(かねのとりい)からはじまり、民家や坊の並ぶ桜並木の石段を500m登ると神宮下。さらに300段の石段を登ると奉幣殿で、そこから上宮までは約2k...

旧亀石坊庭園の写真

写真提供:添田町役場

旧亀石坊庭園 ( 福岡県 添田町 )

室町時代の画僧・雪舟が、英彦山中腹の亀石坊に滞在し、1476~79(文明8~11)年の間に築いたと伝わる699m2の池泉観賞式の庭園。1928(昭和3)年に国の名勝に指定された。自然の山林を背景に巨石を配し、滝を模した石組が設けられており、複雑に入り組んだ池の形状も特徴的で美しい。

秋月杉の馬場通りの桜の写真

写真提供:朝倉市商工観光課

秋月杉の馬場通りの桜 ( 福岡県 朝倉市 )

杉の馬場とは秋月城跡へと続く道で、かつて杉の大樹があり、藩政時代にはここで武士たちが馬の調教をしていた場所であったことから、こう呼ばれるようなった。  桜は、日露戦争の戦勝記念に植え変えられたものといい、ソメイヨシノが、およそ500mにわたって並ぶ。その数約200本で、3月下旬~4月上旬の開花シーズンともなれば多くの人が訪れ...

旧藏内邸の写真

写真提供:築上町

旧藏内邸 ( 福岡県 築上町 )

築上町の田園風景のなかに立つ大邸宅。筑豊地方の炭鉱経営で財を成した、藏内家三代(藏内次郎作、保房、次郎兵衛)の本家住宅である。敷地は7135m2、延床面積1250m2にも及び、九州では最大級の規模。1906(明治39)年ごろの造営で、その後大正時代に入って増築されたものという。大玄関をはじめ、大広間、煎茶の茶室...

大野城跡の写真

大野城跡 ( 福岡県 大野城市 / 福岡県 宇美町 / 福岡県 太宰府市 )

大野城市、宇美町、太宰府市にまたがる四王寺山(大城山)一帯に残る古代の山城跡。  百済軍に加勢し唐・新羅軍と戦うために朝鮮半島に出兵した大和朝廷は、663(天智天皇2)年、白村江の戦いに敗戦。唐・新羅軍の侵攻の脅威を受け、まずは664(天智天皇3)年、筑紫国に水城を築く。さらに665(天智天皇4)年、大宰府政庁を防衛するために...

三井三池炭鉱跡の写真

写真提供:大牟田市

三井三池炭鉱跡 ( 福岡県 大牟田市 / 熊本県 荒尾市 )

1469(文明元)年に、地元の農夫が焚き火の中で燃える石を見つけたというのが、大牟田における石炭発見の歴史だと伝わる。  江戸時代から採掘が行われ、1873(明治6)年には官営化され、西洋技術による近代化を進めていった。1889(明治22)年、三井財閥に払い下げられ、勝立坑、宮原坑、万田坑などを次々と開坑。日本の近代化を支えてきた...

太宰府天満宮の写真

太宰府天満宮 ( 福岡県 太宰府市 )

天満天神といわれ、学問の神菅原道真公*を祀る天満宮の総本宮である。901(延喜元)年、藤原時平に謀られ大宰権帥として大宰府に左遷され、失意のまま2年後にこの地で生涯を終えた道真公の霊を慰めるために建立された。梅の名所としても知られ、西鉄太宰府駅前から続く参道には梅ヶ枝餅を売る茶店が並び、春の初めには境内中の梅が咲きこぼ...

大宰府政庁跡の写真

写真提供:太宰府市

大宰府政庁跡 ( 福岡県 太宰府市 )

大宰府は律令制下において九州を治め、外交と防衛を担った地方役所。大陸に近いという立地の重要性から対外交渉を担うなど朝廷から大きな権限を与えられた時期もあった。7世紀後半に太宰府市内にその中枢がおかれ、その遺跡が残っている。  現在、大宰府政庁跡は3基の石碑の立つ辺りが正殿跡、ほかに中門・南大門・東殿・西殿などの礎石が...

観世音寺の写真

写真提供:太宰府市

観世音寺 ( 福岡県 太宰府市 )

天智天皇が母斉明天皇の冥福を祈るために建立したもので、80年の歳月を費やして、746(天平18)年に完成した。当時は南大門・中門・五重塔・金堂・講堂・鐘楼・経蔵・僧房など七堂伽藍を完備した西日本屈指の寺院であった。しかし、再三の火災・台風で焼亡倒壊し、現存するのは講堂・金堂のみ。ともに入母屋造の本瓦葺き、江戸時代前期ごろに...

九州国立博物館の写真

九州国立博物館 ( 福岡県 太宰府市 )

「日本文化の形成をアジア史的観点から捉える」というコンセプトのもと、全国4番目の国立博物館として2005(平成17)年に開館。太宰府天満宮奥手の丘陵地に立ち、太宰府天満宮から長いエスカレーターでアプローチすると、周囲の山並みに溶け込む穏やかな曲線を描いた全面ガラス張りの近代的な建物が突如現れ、圧倒される。自然光が差し込むエ...

宗像大社の写真

宗像大社 ( 福岡県 宗像市 )

天孫降臨のとき、天照大神の神勅により奉斎されたと伝える神社で、天照大神の御子神である3柱の女神を3つの神社に祀る。玄界灘の孤島・沖ノ島には田心姫神を祀る沖津宮が、神湊海岸沖の大島には湍津姫神を祀る中津宮が、そして宗像市田島には市杵島姫神を祀る辺津宮があり、総称して宗像大社という。  全国に散らばる宗像三神を祀る神社の...

篠栗四国八十八カ所の写真

篠栗四国八十八カ所 ( 福岡県 篠栗町 )

若杉山の麓に広がる、自然豊かな篠栗。9世紀、唐から帰った弘法大師が修法したとされる地で、古来より山岳信仰や真言密教の聖地と伝えられている。  篠栗四国八十八カ所は、尼僧・慈忍が1834(天保5)年、弘法大師の教えを広めるため四国八十八ケ所の霊場を模擬しようとしたが、途中で挫折。当地の藤木藤助が後を継いで88体の仏像を彫刻し...

芥屋の大門の写真

写真提供:糸島市

芥屋の大門 ( 福岡県 糸島市 )

玄界灘に突出する糸島半島の西海岸の最北端にある。深成岩を破って噴出した玄武岩の柱状節理で、高さ約64m、長さ180m突出している。北面には奥行90m、間口10mの海食洞窟があり、海側からしか見られないため、遊覧船でアプローチする。海が穏やかな日には船で中まで入っていける。  遊覧船は1社のみが季節運航する。定員20名ほどの小さな船...

王塚古墳の写真

写真提供:王塚装飾古墳館

王塚古墳 ( 福岡県 桂川町 )

JR桂川駅の北500mに位置する。6世紀中ごろに造られたと推定される前方後円墳で、横穴石室内部のいたるところに描かれた装飾壁画で知られる。玄室は長さ4.43m、幅3.00m、奥壁に沿い複式棺床がある。壁画は赤・黄・緑・白・黒の5色を使用して三角文、靫、盾、大刀、弓、蕨手文、双脚輪状文、同心円文、珠文や馬などが描かれ、美術史上でも非常...

竹原古墳の写真

竹原古墳 ( 福岡県 宮若市 )

市の中心部の西方、竹原の諏訪神社の境内にある。円墳と推定され、6世紀後半ごろの優れた壁面古墳として知られる。石室は前室をもつ横穴式石室で全長6.7m。奥壁下部の横2m、縦1.4mの緑泥片岩に黒と朱の2色を用い、一対の翳(さしば)*をはさんで人物や怪獣、馬、舟などを大胆な筆致で描いた原始絵画が鮮やかに残る。一説には怪獣は青竜で、...

高良大社の写真

高良大社 ( 福岡県 久留米市 )

市の東郊高良山にある。4世紀の創祀と伝え、筑後國一之宮であり古くは九州の宗廟とあがめられた。全国六社のうち九州では一社だけしかない国幣大社*である。  現在の社殿は1660(万治3)年に筑後久留米藩3代藩主・有馬頼利公が造営したもので、天竺様、唐様*、和様を用いた杮(こけら)葺の権現造*。また、山内には孟宗金明竹と呼ばれる...

柳坂曽根のハゼ並木の写真

写真提供:公益財団法人 久留米観光コンベンション国際交流協会

柳坂曽根のハゼ並木 ( 福岡県 久留米市 )

耳納連山北麓、谷川の高曽根川沿いに、南北約1.2kmにわたってつづく江戸時代に植えられた並木。久留米市荘島町生まれで明治時代に活躍した洋画家の青木繁が、「わが国は 筑紫(つくし)の国や 白日別(しらひわけ) 母います国 櫨多き国(はじおほきくに)」と詠んだことでも知られる。1964年(昭和39)年5月には県の天然記念物にも指定さ...

秋月城下町の写真

写真提供:朝倉市商工観光課

秋月城下町 ( 福岡県 朝倉市 )

朝倉市の中心市街地から北へ約7km、標高約860mの古処山の麓に広がる城下町・秋月。中世からここに拠った秋月氏が豊臣秀吉に抗して遷されたのち、黒田長政の三男長興が秋月藩初代藩主となり、1624(寛永元)年に新たに城を築き、5万石の城下町として復興した。今は石垣と堀の一部が残り、黒門や長屋門などに昔日の面影が偲ばれる。  町全体...

関門海峡の写真

関門海峡 ( 福岡県 北九州市 / 山口県 下関市 )

本州山口県下関市と九州福岡県北九州市の間に位置する。日本海側の響灘と、瀬戸内海や周防灘を結ぶ海峡で、古くから海上交通の要衝であり、重要な航路であった。  歴史的にも、壇ノ浦の戦いで安徳天皇が入水した地、また巌流島での宮本武蔵・佐々木小次郎の決闘の場でもある。  両側にある海域で生じる潮位差により、急潮流や複雑な潮汐...

筑後川(中下流)の写真

筑後川(中下流) ( 福岡県 うきは市 / 福岡県 久留米市 / 福岡県 他 )

大分・熊本に端を発し、福岡・佐賀にまたがって流れる九州第一の大河。その長さ143km、流域面積2,860km2におよぶ。源は九重山地に発する玖珠川と阿蘇外輪山に発する大山川。このふたつの流れが日田盆地で合流して三隅川になる。さらに、大分・福岡県境の渓谷を経て筑紫平野へ流れ込んでいく。ここで筑後川と呼ばれるようになり、...

筑後吉井の町並みの写真

筑後吉井の町並み ( 福岡県 うきは市 )

筑後平野の東部、筑後川の中流域に広がるうきは市吉井町。JR久大本線の北側に、古い町並みが残っている。江戸時代、城下町久留米と日田天領を結ぶ豊後街道の在郷町として大いに栄え、その後は、ろうそくや菜種をはじめとした地域の特産品加工を扱う有力商人の金融活動などで繁栄。  町並みは、もともとは茅葺きが多かったが、明治初期の大...

新川田篭の町並みの写真

新川田篭の町並み ( 福岡県 うきは市 )

筑後川の支流の一つである隈上川沿いの谷筋に広がる集落。川水を、水路を使って利用し、石垣で造成した棚田で稲作を営んでいる。上から見ると棟がコの字型をした「くど造り」と呼ばれる形式の民家・平川家住宅*を代表とした寄棟造の茅葺きの主屋など、昔ながらの建築が残り、かつての農村景観を今に伝えている。

日岡古墳の写真

日岡古墳 ( 福岡県 うきは市 )

若宮八幡神社の境内に立地。月岡古墳、塚堂古墳とともに若宮古墳群を形成する。  6世紀前半に造られたとされる装飾古墳として有名で、全長約74m、高さ約5m。後円部には横穴式石室があり、奥の壁面には赤、白、緑の3色で同心円文、三角文、わらび手文など、幾何学的な文様が描かれている。周囲の壁にも武具や魚、船、馬、獣などが描かれてい...

宮地嶽神社の写真

写真提供:宮地嶽神社

宮地嶽神社 ( 福岡県 福津市 )

神功皇后を主祭神とし、皇后の三韓征伐に随行した勝村・勝頼両大神を併せて宮地嶽三柱大神として祀る、全国宮地嶽神社の総本宮である。開運、商売繁昌の神様として参拝されている。参道から石段を登った高台に鎮座しており、境内神苑には3,000本の桜、ホウキ桃、100種10万株の江戸菖蒲等四季を通じて、楽しめる花が植栽されている。また、本...

みあれ祭の写真

みあれ祭 ( 福岡県 宗像市 )

毎年10月1日から3日にかけて執り行われる、宗像大社の秋季大祭。その初日に行われるのが海上神幸である、みあれ祭である。玄界灘の孤島である沖ノ島の沖津宮に祭られる田心姫神、大島の中津宮に祭られる湍津姫神、そして宗像市田島の辺津宮に祭られる市杵島姫神の三女神が、年に一度、このみあれ祭によって一堂に会する。  沖津宮と中津宮...

到津の森公園の写真

写真提供:到津の森公園

到津の森公園 ( 福岡県 北九州市 )

JR小倉駅の南西4kmにある北九州市を代表する遊園地。前身は西日本鉄道が経営していた「到津遊園」。2000(平成12)年に経営悪化のため閉園したが、市民から閉園を惜しむ多くの声が集まり、2002(平成14)年に北九州市が経営を引き継ぐ形でリニューアルオープンした。緑の多い約10万6,000m2の園内には、約100種500頭羽の動物たちが...

英彦山の写真

写真提供:添田町役場

英彦山 ( 福岡県 添田町 / 大分県 中津市 )

福岡県田川郡添田町と大分県中津市山国町の県境に広がる。北岳・中岳・南岳の3つのピークがあり、標高は1,199m。かつては出羽の羽黒山、熊野の大峰山と並ぶ日本屈指の霊場、修験場として栄え、最盛期の江戸時代には、俗に「彦山三千八百坊」といわれ、3,000人の衆徒と坊舎が800を数えたと伝えられている。山中には修験場を思わせる、数多くの...