南魚沼市は、新潟県の南東部に位置し、魚沼市、十日町市、湯沢町、群馬県みなかみ町に接する。西は1,000m級以下の魚沼丘陵の低山が、東は1,700~2,000m級の越後山脈の山並が連なる。町域の西寄りを魚野川がほぼ北流し、流域には沖積低地(魚沼盆地)が開ける。
 魚野川に並行し、JR上越線、上越新幹線、国道17号(三国街道)、関越自動車道が通じ、新幹線の浦佐駅、関越自動車道の六日町、塩沢石打の各インターチェンジがある。これら幹線路線の東方を国道291号が縦断し、西部を353号が走る。また、上越線六日町駅から上越市方面に北越急行(ほくほく線)が分岐する。
 江戸時代、長岡船道(信濃川舟運)の支船道である浦佐船道や六日町船道(魚野川舟運)が開発され、蒲原平野部との物資の交流が盛んとなる。当時の特産品は越後縮布で、特に縮布と同じ苧麻を原料とする平織の越後上布は知られた。塩沢地区では大正中期に、伝統技術を生かして絹織物へと転換し、現在の塩沢紬に継承されている。
 農業では稲作(魚沼コシヒカリ)やスイカ(八色(やいろ)西瓜)栽培などを組み合わせた複合経営が多い。工業では酒造業のほか各工業団地へ機械、食品、電子部品、金属製品などの製造工場が進出している。
 観光面では、越後三山(八海山、駒ヶ岳、中ノ岳)、六日町温泉郷のほか、大沢山、上野、栃窪、丸山などの温泉、市域に10か所以上あるスキー場が観光の核となっている。浦佐普光寺(毘沙門堂)の裸押合大祭は、国選択無形民俗文化財に選定されている。また、塩沢の縮仲買商の子として生まれ、後に『北越雪譜』を著したことで知られる鈴木牧之の記念館(「鈴木牧之記念館」)がある。

観光資源一覧

巻機山の写真

写真提供:南魚沼市産業振興部商工観光課

巻機山 (新潟県 南魚沼市 )

標高1,967m。割引岳・巻機本山・牛ヶ岳を含め巻機山と総称され、新潟と群馬の県境に優雅な山容を見せる。山名は当地方の産物である機織りと関係があり、頂上一帯は御機屋と呼ばれ、機織りの伝説がある。山麓には機織りの女神の巻機権現が祀られている。五合目までは「井戸の壁」といわれる樹林帯の急登であるが、五合からのブナ林、六合目の...

八海山の写真

写真提供:南魚沼市産業振興部商工観光課

八海山 (新潟県 南魚沼市 )

標高1,778m。JR上越線の六日町駅と浦佐駅の途中の車窓から、岩塊を積み上げたように鋸の目状のゴツゴツした山容を見せる。八海山は薬師岳・大日岳・入道岳(最高峰)の総称。岩場が多く、山頂付近は八ツ峰とも呼ばれる。古くから信仰を集めてきた山で、山麓三地区にはそれぞれ八海山神社里宮がある。六合目女人堂は、女人禁制の時代、女性は...

鈴木牧之記念館の写真

写真提供:鈴木牧之記念館

鈴木牧之記念館 (新潟県 南魚沼市 )

越後の冬の風物や雪の中で暮らす様子をまとめた雪の本『北越雪譜(ほくえつせっぷ)』を世に出した鈴木牧之*(1770~1842年)の記念館。  牧之は、縮の仲買と質屋をする家業に生まれ、19歳ではじめて江戸に行ったことがきっかけで雪国の暮らしを伝えようと出版に生涯をかける。  雪の本の執筆活動には紆余曲折あったが、40年という歳月...

雲洞庵の写真

雲洞庵 (新潟県 南魚沼市 )

717(霊亀3・養老元)年に藤原房前(ふささき)公により、母の菩薩を弔うため律宗に属する尼寺を建立、雲洞寺と称した。1429(正長2・永享元)年、関東菅領上杉憲実公により曹洞宗寺院、金城山雲洞護国禅庵として開創され、日本一の庵寺、越後一の寺といわれた。  金城山を背にし、境内はスギの巨木に囲まれた幽すいさの漂う中に、本堂*・...

八海神社の写真

写真提供:八海神社

八海神社 (新潟県 南魚沼市 )

当時の国司であった中臣鎌足が八海山に不思議な雲がかかっている様を見て、従者数十人を引き連れて登山し、御祭神を奉祭したと伝えられる。  水分神・農耕神を崇める思想から始まり、山麓にて自然石を祀り、御神木を神の依り処として御山そのものを遥拝する形から信仰が始まった。1794(寛政6)年、木曽御嶽山を開いた普寛行者が来越し、屏...

普光寺(浦佐毘沙門堂)の写真

普光寺(浦佐毘沙門堂) (新潟県 南魚沼市 )

JR浦佐駅を出て、浦佐のまちなかを通る旧三国街道から、堂々たる山門が目につく。山門は日光の陽明門をかたどり、江戸時代、1820(文政3)年から12年の歳月と10万余の信者の奉仕によって建立された。天井には、江戸時代に谷文晁が描いた双竜がある。2階天井には、天女の舞姿絵が見られる。  寺伝によると、807(大同2)年、坂上田村麻呂が...